大判例

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仙台高等裁判所 昭和28年(う)772号 判決

所論は要するに原判決は本件公訴事実当時、被告人は心神喪失の状態にあつたのにその一部については有罪、その他については無罪を言渡したが、右有罪の認定は原審の経験則違反や採証法則違反に基因する事実誤認によるもので、全部無罪たるべきものであるというに帰する。よつて先ず職権をもつて記録を調査するに、原審第四回公判調書の記載によれば、原審弁護人は公訴事実全部につき被告人は当時麻薬中毒患者で心神喪失状態にあり、然らずとするも心神耗弱状態にあつた時の犯行である旨を主張していることが明認し得るのであるから、原審は刑事訴訟法第三百三十五条第二項に基きこれに対し判断を示さなければならないのに原判決はこれが判断を遺脱しており、且つその違背は後記説示のとおり被告人は本件行為当時心神耗弱状態にあつたものと認めるべきものであるから、判決に影響を及ぼすこと明らかな場合に該当するというべきである。

しからば既にこの点で原判決は破棄を免れない。次に原判決が有罪事実認定の資料とした証拠につき順次検討するに、原審は被告人の公判廷における供述と各被害者の被害に関する書面をもつてこの事実を認定しているが、前者については原審第三回公判調書に被告人の被告事件に対する陳述として「公訴事実のうち一、二、六(有罪として認定の事実)は憶えがあり、三、四、五(無罪とした事実)は憶えがない。しかし三、四、五と同様の品物を自分が他に売つているのでそのような品物は何処からも手に入れられないのであるから、それより考えると自分が何処からか盗んできたものだと思う。六の品物は盗つてその場で捕り、直ぐ返しているので記憶がある」というに過ぎない。そこで同期日における被告人の爾余の応答状況を調査するに、原審裁判官の人定質問に対しては氏名・年齢・職業・住居・本籍を正しく答えており、被告事件に対する陳述の趣旨も理解して適切な弁解をしていることが窺われる。従つてその供述当時においては被告人には、事理の弁別力を全く失つている程度の著明な精神障害があつたものと即断しえないこともちろんであるが、前記の如く右供述は簡単粗雑で「憶えがない」「憶えがある」というだけで犯罪の動機・態様などにつき合理的な説明供述が存しないのである。よつてこれだけの証拠で後記のような鑑定書の提出があるのであるから、直ちに本件犯行当時における被告人の精神状態を正常なものと認めて爾余の証拠(被害者などの被害に関する証拠)と綜合し、原判決の如く正常の精神状態者の犯罪と認定するのは甚しく経験則に反し、事実誤認を侵したものというべきである。なお被告人の精神状態に関する鑑定人石橋俊実の精神鑑定書によれば「被告人は昭和二十七年八月より同年十一月まで、即ち本件犯行当時、相当高度の麻薬中毒症に罹つており、ために高等感情・倫理道徳的観念が稀薄となり、自他の分別も不明瞭となり、生存の目的は麻薬の獲得のみにあるが如き観を呈し、その獲得のためには或いは窃盗を働き、或いは妄言をなすことをなんら意に介さなかつたものと思われ、結論として被告人は犯行当時、事理弁別能力が充分でなかつた状態にあつたものと思料する。」というのである。この鑑定の経過並に結果に関する記載内容を検討するに、特に不合理・不自然と認められる点もないのであるから、同鑑定書は措信するに足るものというべく、鑑定の経過及び結果に関する記載を考察すれば、被告人の右期間における精神状態は正常を欠くものであることは容易に頷けるところである。

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